2018年10月27日土曜日

オーストラリア(2017年9月12日〜11月7日 郵便投票で実施)同性婚

オーストラリア(2017年9月12日〜11月7日 郵便投票で実施)同性婚
 2001年にオランダで同性婚が認められてから、ヨーロッパや欧米諸国では合法化が進み、オーストラリアでも同様にその是非が議論されてきた。しかし政権交代の度に一進一退が続いており、合法化されずにいた。そんな中、昨年2017年に郵便による「同性婚」の是非を問う国民投票が行われることになった。オーストラリアではこれまで20回以上も国民投票が行われており、1999年の「君主制を廃止し共和制を導入するか」や1977年の「どの曲を国歌に据えるか」が4曲の中から問われた国民投票などがある。なおオーストラリアでは投票は国民の義務とされ、正当な理由なく投票しなければ、20オーストラリアドル=約1600円の罰金が科せられる義務投票制を採用しているが、この同性婚の是非を問う国民投票は義務ではなく、任意の郵便投票で行われた。

政争の先に行き着いた郵便投票
 2015年まで首相を務めていた保守党のトニー・アボットは同性婚に反対していたため、世論は同性婚を望んでいたにも関わらず、議会で同性婚を合法化することを拒否し、「決めるとしたら国民投票をやるべきだ」と時間稼ぎのための主張をしていた。首相を引き継いだマルコム・ターンブルは、同性婚に前向きであったが、同じ保守党で元首相の顔を立てるため、義務投票による国民投票の成立を目指したが、労働党や緑の党などの野党から「同性婚合法化は議会の採決で十分であり、1億7000万ドルの経費に加え、同性婚賛成、反対の両派に750万ドルの活動資金を提供するのは、少数の偏見に満ちた差別者に国税で援助するものだ」という批判に遭い、成立しなかった。そこでターンブル首相は苦渋の選択として、議会の決議を経ずに行うことができる任意の郵便調査(Postal Survey)という形で、今回の国民投票を行うことを決めた。党内の面子を立てたり、野党からの反発があったりで、前代未聞の方法で民意が問われることになった。この郵便投票は、同性婚の合法化に向けた法案作成の是非を問うものであり、その結果に法的拘束力はなかった。下のような投票用紙が有権者に送付され、各有権者は賛成もしくは反対にチェックをして封筒に入れて投票した。


キャンペーン
 表立ったキャンペーンは同性婚賛成派(YES)のものが大半であった。街中のいたるところでYES派の象徴であるレインボーが装飾され、半年経った後でもシドニー中で見られた。



投票結果
「同性のカップルが結婚できるように法律を変えるべきか」
"Should the law be changed to allow same-sex couples to marry?"
総投票数 12,727,920 投票率 79.52%
賛成 61.60%
反対 38.40%

 約2ヶ月の投票期間を経て、2017年11月15日に結果が発表された。ターンブル首相は、この結果を受けて「賛成票の多さに圧倒された」と述べ、クリスマス前に同性婚の合法化を実現するよう議会に求めた。野党の労働党党首は郵便による投票自体、実施すべきでなかったとしながら「今回の結婚の平等を巡る国民投票で、最後は常に無条件の愛が物を言うことが示された」と話した。そして2018年1月から同性婚が認められ、最初の一ヶ月でおよそ400組の同性カップルが結婚を認められた。オーストラリア統計局の調査によると、同性カップルはオーストラリアに48000組いるとのことなので、今後さらに同性カップルの結婚が増えるかもしれない。


「同性愛者は人間かどうか」が問われた
 シドニー在住のゲイカップルのKoichi(右)さんとCurtis(左)さんにお話を伺った。Koichiさんは20年前に渡豪。仕事を見つけ、オーストラリアに移り住んだ。オーストラリア人のCurtisさんは日本の大学を卒業していて、日本語が堪能。二人は連れ添ってもう15年になると言う。

この郵便投票をやってよかったと思いますか。
Koichiさん(以下K):郵便投票をやらなければ、同性婚がオーストラリアで認められるようにならなかったでしょうし、やはり郵便投票自体はやってよかったですね。でもここまでに来るのに時間がかかりすぎました。私はもっと早くやるべきだったと思います。

Curtisさん(以下C):今回の郵便投票はアンケートに過ぎませんでした。しかも世論調査はすでに何度もやっていますので、お金と時間の無駄だったと思います。議会で決めれば済むのに、必要のないステップを踏み過ぎた気がします。結局、郵便投票をやることになりましたが、同性婚反対派の時間稼ぎのように使われてしまった印象が拭えません。もし政府が国民に意見を聞きたいというのなら、郵便投票ではなく、投票義務のある国民投票にすべきだったと思います。

キャンペーンにはどのようなものがありましたか。
C:Yesキャンペーンはとても単純でシンプルでした。有名人が出てきて、みんなのために投票に行きましょう。同性婚に賛成だという意思を見せましょうというものだった。

K:私たちも一度デモに参加しました。周りをみると、ゲイの人ばかりではなくて、ストレートの人も、子連れのお母さんもいましたね。同性婚に賛成しているのはもちろんゲイの人ばかりではありませんでした。

C:デモの後に行われたタウンホールの集会には、労働党の人も来ていて、「みんなをサポートしています。」という趣旨の発言をしていました。しかし2011年まで労働党は、正式に同性婚に賛成していなかったですし、政治家のせいで決定にこんなにも時間がかかってしまっているので、今更そのように言われても単なるパフォーマンスにしか見えませんでしたけどね。

同性婚反対派のキャンペーンはどのように見ていましたか。
K:テレビCMで、お母さんがインタビューに答える形で、心配そうに「家族にはお父さんとお母さんが必要だ。」などと言っていました。私たちのような大人のゲイは、こんなことでは傷ついたりはしませんが、若い人にとって、反対派のキャンペーンは精神的に厳しかったのではないかと思います。

C:とにかく反対派は、同性婚が子どもに悪影響、教育上良くないということを強調していましたね。というよりも他に説得する要素がなかったのでしょう。「生まれてきた子どもにはお父さんとお母さんがいるという環境を大事にしましょう。」などと同性愛に反対している人は、父と母がいるのが家庭としては最適という主張をしていました。しかし、実際には、同性愛者に育てられた子どもが精神的にも学力的にも劣っているというデータはありませんし、さらに言えば、同性愛者に育てられた子どもたちはそういった面で優れていることも多くあります。それは、異性の場合は、子どもが欲しいと思っていなくても、子どもができることがありますが、同性カップルの場合はお金をかけて、面倒な手続きを踏まなければ、子どもを持つことはできません。同性カップルの場合はみんなそのようなプロセスを経て、子どもを育てているというのが関係しているのではないでしょうか。

郵便投票の前後、同性婚が認められてから何か変わったことはありますか。
K:基本的には何も変わらないですね。友人のゲイカップルも結婚したという話は聞きません。私たち自身も結婚しても何も変わらないので、結婚は今のところ考えていません。ただ結婚できるのとできないのでは全然違いますね。

C:この郵便投票で問われたのは、同性愛者が結婚できるかできないかですが、ある意味、同性愛者は人間か、人間じゃないかが問われているようなものでした。今、同性婚が認められて同性愛者も同じ土俵に立てた。やっと同じ人間として認められたという気持ちでいます。キャンペーン期間中には、どちらが多数になっても自分の生活は変わらないし、緊張もしてないつもりでした。しかし、実際には投票が終わって、結果が出て、とてもホッとした自分に気がつきました。こんなにも不安だったことにキャンペーン中は、気づいていなかったんです。若い人や、カミングアウトしてない人は結果が出るまで、もっと強いストレスを感じていたのではないかと思います。

 インタビューの後、二人にシドニーのゲイカルチャーの発信地であるオックスフォードストリートのゲイバーやドラッグクイーンのいるお店を案内してもらった。最近はネットでの出会いが普及しているので、わざわざ同性愛者が集まるところに来る人も減ったらしいがそれでも若い人から、お年寄りまで音楽やお酒を楽しんでいる人で賑わっていた。



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郵便投票で人や街が大きく変わった
 シドニーでもう一人お話を聞かせていただいた日本人のJさん。最初は旅行でオーストラリアに来たのがきっかけで、それからワーホリビザで滞在し、現在はディファクトビザという、オーストラリア人の彼のパートナーとして発行されるビザを取得して滞在している。

Jさんは日本とオーストラリアでゲイの捉えられ方で違いを感じますか。
J:日本よりオーストラリアの方が、ゲイに対してオープンだと思いますね。シドニーにはマルティグラという、年に一度のLGBTIQのお祭りがありまして、パレードが有名なのですが、ファミリーでいけるパーティーもありますし、ドッグショーコンテストなどもあって、性的少数者だけでなく、誰もが楽しめる場になっています。そのような機会もあり、ゲイの人が日本よりも自分たちの関係性をオープンにしやすい環境があると思いますね。他方では、オーストラリアで男同士で手をつないで道を歩いていると、アンチゲイの人から通り過ぎざまにひどい言葉をかけられることもあります。日本では奇異な目で見られることがあるかもしれませんが、日本人はある意味優しいので、罵声を浴びせるようなことはしません。ただ日本は何に対しても、同調性を重要視していて保守的に感じます。同性愛だけではなく、みんなと一緒であるということが、正義であるかのように強いですよね。逆に少数の人は弱い。だからゲイの人がカミングアウトしづらいというのがあるのではないでしょうか。私が若い時よりはゲイなどの認知が進んでいると思いますが、世界のスピードに比べたら変化はとても遅いように感じます。



同性婚の是非を問う郵便投票はやってよかったと思いますか。
J:やって良かったと思いますね。議会などが一方的に決めたのではなくオーストラリア人が自分たちで選択したということがとても重要だったと思います。ゲイやレズビアンなどだけじゃなく、同性婚の当事者ではない人もキャンペーンで賛成を訴えていました。このようなTシャツを来ている人がキャンペーン中に多くいましたし、会社にあるテレビで、郵便投票で同性婚の賛成派が上回ったことが報じられると、みんな喜んで祝ってくれましたね。これは郵便投票の効果だと思います。人や街がキャンペーンで大きく変わったように感じました。同性婚が認められて、周りから「結婚するの?」と聞かれるようになりました。結婚することによって、パートナーとしての関係は変わりませんが、こういう話ができるようになったのはとても新鮮ですね。

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「同性婚には無条件で賛成、同性愛者も同様の権利を持つことは当然のことですし、オーストラリア人がこの結果を出したことをとても誇りに思っています。学校の先生はこの話題について、話すことはありませんでしたが、友達とは時々話しました。キャンペーン期間中に印象に残っているのは、たくさんの建物にYesの象徴である虹色がペイントされたり、飾られたりしていたことですね」18才女性 ICC Sydney.
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「私自身、ゲイですが、同性婚には反対に投じました。結婚は次世代を作るためにするものだから、同性の結婚に意味なんてないと思う。」52才男性 New Town.
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「郵便投票が始まった時は、同性婚には反対だったけれど、みんなが違っていることは当然だし、同性愛者も同様の権利を持つべきだと思い、最終的に賛成になった。」50代女性 Hyde Park.
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 投票傾向としては、若い人、都市部ほど、同性婚に対してポジティブであるという傾向があった。逆にキリスト教、イスラム教など宗教を信じている人は同性婚に対してネガティブな傾向が強かった。現与党の保守党は自由投票で立場を曖昧にしており、野党の労働党と、緑の党は明確に同性婚を支持していた。

 シドニー西部のオーバーンAuburnという町はオーストラリアで最も同性婚に反対を投じた人が多かった地域である。選挙ではリベラルである労働党を支持する人が多いが、同性婚に対しては極めて保守的な選択をする人が多かった。シドニー中心部から電車で30分程、ここオーバーンは移民が多く、駅前には中国系、中東系のお店が並び、少し歩くと大きなモスクもある。日中、ヒジャブを纏った女性も多く見られた。話しかけても、英語を全く話せない人も多く、英語を話すことができる若い人も「同性婚の話なんてしない、誰もその話を望んでいない」と返されてしまうこともあった。

 「オーストラリアにはいろいろな宗教を持つ人がいて、その多様性がこの結果に表われている」と言う人もいた。確かにそうかもしれない。英語が通じず、自分たちのコミュニティの中で、同性婚についての情報がないとすれば、議論にもならず、宗教や文化に従って投票するしかないだろう。国民投票のポイントは、キャンペーン期間を経て、情報を吟味し、自分の意思と未来への責任を投票を通じて明らかにするということである。しかし英語を使わない人たちと、全く情報交換がされていないとなれば、時間とお金をかけて、郵便投票が行われたとしても、それは単なる世論調査と変わらない。



 今回の同性婚の是非について、私個人としては、既に圧倒的過半数の支持があり、マイノリティーの権利に関わる件なので、郵便投票や、国民投票にかけるべきではないと考えていた。しかしシドニーで実際に有権者の人たちに話を聞いてみると、郵便投票をするべきだったという人が約7割を占め、その中には、郵便投票ではなく、義務投票の国民投票にすべきだったと答える人が同性婚に賛成、反対、両派にいた。理由としては、「義務投票の方が国民の意見がきちんと表される」というのが主な理由である。これはオーストラリアが普段から投票が義務化されており、今回のような重要な案件に対しては任意の郵便調査では、不十分だと考えられているからである。

 オーストラリアでは圧倒的多数の民意により、同性愛者にも異性愛者と同様に結婚の権利が認められた。議会の決定ではなく、郵便投票によって導き出された方向性は覆されないだろう。私は今回の取材を通じて、日本にはないオーストラリアの多様性を認めていく姿勢を羨ましく思った。私は彼らの決定に敬意を示すと同時に、まだまだ後進国である日本の性的少数者の権利の向上に力を注ぎたいと改めて感じた。

参考
https://web.archive.org/web/20180201110900/http://www.abs.gov.au/ausstats/abs@.nsf/6630eff525d4cdc1ca25763e0075754f/7cbde85f96095fa4ca25822400162fc2/$FILE/Report%20on%20the%20conduct%20of%20the%20Australian%20Marriage%20Law%20Postal%20Survey%202017.pdf
https://www.jams.tv/law/82497
http://www.bbc.com/news/world-australia-42006450

通訳・取材協力
Joanna Ge